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内山七海を紹介!レース成績・SNSなど大公開!
今回は、かわいいと話題の「内山七海」について紹介していきます。
ルックスはもちろん、強気なレーススタイルからまさに男性レーサーのようで注目の存在です。
さらに、直近では結婚など世間を賑わせる出来事が多くなってきています。
レーススタイル・プライベートで注目を集める内山七海は、果たしてどのような人物なのか。
そこでこの記事では、内山七海のプロフィール、結婚の真相、レース成績、SNSなど深堀って調査してきました。
ぜひ、最後までご覧ください
内山七海のプロフィール
名前 | 内山七海 |
---|---|
誕生日 | 1996年12月12日 |
出身地・支部 | 福岡県/福岡 |
身長・体重 | 165cm/46kg |
血液型 | A型 |
登録期 | 127期 |
登録番号 | 5155 |
級別 | B1級 |
内山七海は、福岡県出身のボートレーサーです。
福岡県の田舎町で育ったようで、幼い時から運動が得意だったとのこと。
小学校はバレーボール・中学高校はテニス部に所属していたそうです。
スポーツが得意だったことから大学ではスポーツが強い大学に行くかと思いましたが、「西南学院大学」に進学。
西南学院大学に進学した理由は、教員の資格を取るためだったそうです。
そこで勉学に励みつつ、部活はラクロス部に所属。
なぜ、ラクロス部に所属したのかを以下のように回答していました。
「入学式で最初に声をかけられたのがラクロス部だった。」
何か目的があって選んだのかと思っていたので、理由は少々意外ですね(笑)
そんな文武両道の生活を行ってきた学生生活ですが、競艇との出会いは大学時代。
詳しい詳細は以下の章で解説していきます。
祖父はボートレーサー
ボートレーサーの存在を知ったのは、高校3年生の春だったみたいです。
内山七海の兄が食事の場でボートレースの話し始めた時に、母から衝撃の発言が・・・。
「うちのおじいちゃんはボートレーサーだよ」
この発言に内山七海はびっくりしました。
そして、その後話しを進めていくと、祖父は元競艇選手「橋本忠選手」ということが判明。
橋本忠選手は、内山七海が生まれる前には亡くなったとのこと。
そんな橋本忠選手は、ボートレーサーであることを娘たちには隠していたみたいです。
「我が家は貧乏だから節約しなさい」と常に言い続けていたとのこと。
しかし、自分だけはいい車を乗っていたみたいです!
このエピソードだけ見ると、とても破天荒の祖父のような印象を受けますね(笑)
では、そんな祖父の影響を受けて競艇レーサーを目指しますが、養成所の試験に受かるのは相当時間がかかりました。
次の章で詳しく解説していきます。
養成所の試験を7回目で合格!
養成所に願書を送ったのは、大学2年生の冬みたいです。
未成年だったので親の承諾が必要だったみたいですが、あっさりと承諾。
その時の心境を以下のように答えていました。
「お金で苦労させてきたので、早く楽をさせてあげたかったんです」
しかし、養成所の試験にはすごく苦労したみたいです。
1回、2回・・・6回目と不合格になって諦めたかけた、7回目で転機が訪れます。
その時に、ボートレーサー養成学校の無償化が決定。
アルバイトをしてお金を貯めていましたが、この無償化がきっかけで内山七海に火がつきました。
そして、運動能力の低さを自覚していましたがジムに通い克服。
そのような努力が実り、7回目の試験でようやく合格!
狭き門である養成所の試験を突破して、夢の舞台への一歩を歩み始めました。
内山七海は結婚している?
2025年9月11日に結婚していることがわかりました。
その気になる相手は同じボートレーサーの「塩田北斗」選手であることが判明。
塩田北斗選手は、現在A1級で活躍しているレーサーです。
しかし、塩田選手は2015年5月16日に結婚式を上げていることがわかりました。
奥さんの情報まではわかりませんでしたが、塩田選手は再婚ということになります。
ネット上ではそのような、塩田選手の言動から・・・。
「不倫の末の結婚ってホントなの?」「塩田選手は結婚していたような。。。」などネガティブの発言が多くありました。
意見は様々ありますが、まだ真実は不透明です。
2人の馴れ初めや結婚式などの情報はまだ何もわかりませんでしたが、結婚したというは真実でしょう。
以下が、そのことがわかる投稿です。
127期福岡支部の内山七海選手が結婚し子供がいることを月刊マクール最新号で明かした。驚いたのは結婚相手が再婚となる塩田北斗選手だったこと。N道よ教えてくれ。 pic.twitter.com/jvWvHjRlvD
— コージ苑 (@koji_garden) September 10, 2025
公式発表などもありませんが、近々発表があることでしょう。
また、情報が分かり次第更新していくので、お楽しみお待ち下さい。
気になる方は、こちらの記事もご覧になってみて下さい。
内山七海のSNSを調査!
レースで見せる真剣な表情とは一味違う、内山七海の素顔が見られるのがSNSです。
日常のオフショットや仲間との交流、ファンへのメッセージなど、ここでしか知れない魅力がたっぷり詰まっています。
最近では、「X」「インスタ」などが人気なツールです。
そこで、内山七海のSNSをチェックしてみたところ、何も利用していませんでした。
最近では、SNSを利用しない方は珍しく、特に内山七海ぐらいの年齢では多くの方が利用しています。
そのため、利用しないことには何か理由があるのでしょう。
まだ、これからアカウントが開設される可能性もありますが、現時点ではアカウントは持っていないことを把握しておきましょう。
レース成績
これまでの内山七海の成績を以下にまとめました。
グレード | 出場節数 | 出走数 | 1着数 | 勝率 | 1着率 | 2連対率 | 3連対率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
SG | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
G1 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
G2 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
G3 | 14 | 119 | 5 | 3.05 | 4.2% | 11.7% | 22.6% |
一般 | 82 | 652 | 50 | 3.45 | 7.6% | 18.7% | 27.7% |
初出走は2020年11月14日で、初勝利は2021年12月29日です。
まだ、実力的に記念競走の出場はなく、今の主戦場はG3と一般戦。
この中で、技術を着々と磨いています。
そんな内山七海のレーススタイルは、果敢な攻めの走りが特徴的です。
レースでは、モーターの性能を最大限に引き出す調整力に優れており、伸びや出足が仕上がったときにはアウトコースからでも勝負できるのが強みです。
特に3コースや4コースからのまくり差しで鋭く突き抜けるシーンがあり、展開を読む力と攻撃的な一面を持ち合わせています。
一方で、スタートには不安な点があり、調子の波があることも事実。
この調子の波さえ少なくしていくことができれば、今後重賞競走にも出場することはできるでしょう。
怪我から9ヶ月ぶりの復帰!
内山七海は、2025年2月2日から行われた常滑での一般戦以降斡旋がありませんでした。
G2レディースオールスターにも選出されていたことでファンから期待されていましたが欠場。
欠場理由はわかりませんでしたが、これだけの期間を欠場することになるのは何か深刻な理由が可能性はあるでしょう。
しかし、欠場が続いていた内山七海ですが、9ヶ月後の三国競艇場G3オールレディースで見事に復帰しました。
レーサーにとって9ヶ月というブランクはとても長く、レース感を取り戻すのはとても大変です。
その中で迎えた、初日のレースで6コースから5着となりました。
当時のコメントは以下になります。
「足がつりました」と笑ってコメント。
まずは、復帰ができたことが何よりもファンは安心したでしょう。
まだ斡旋したばかりなので、今後徐々にレース感を取り戻していってほしいところです。
師匠は水摩敦選手
内山七海の師匠は、水摩敦選手です。
水摩敦選手は、過去に20回以上優勝したことがあるベテランレーサーです。
そんな、水摩敦選手のレーススタイルは、どのコースからでも勝負に出られる積極的なスタイルが特徴です。
特に1号艇の時は、スタートから先手を取って逃げ切る「イン逃げ」が持ち味で、地元・若松でも数多くの勝利を挙げています。
また、2コースや外枠からは差しやまくり差しを狙い、相手の隙を逃さず勝機をつかむ展開力にも定評があります。
実際に優勝戦で2コース差しを決めて勝った経験もあり、展開を読むセンスは抜群。
内山七海は、そのような自分と似たスタイルでレース展開をしていることから、弟子入りを志願したようです。
初勝利の時には、プロペラも水摩敦選手と同じだったというエピソードを話していました。
今後の2人の活躍により注目です。
まとめ
今回は、内山七海について紹介してきました。
いかがだったでしょうか?
内山七海は、養成所の試験に7回目でやっと合格した苦労人です。
デビューして以降は記念競走の出場はありませんが、着実に実力を伸ばしてきています。
9ヶ月ぶりの斡旋したレースでも舟券には絡みませんでしたが、レース感は徐々に回復。
さらには、直近で「塩田北斗」選手との結婚も発表されました。
プライベート・レースともに好調な、内山七海に今後の活躍に期待しましょう。