今回ご紹介するのは、チルト3度から繰り出す強烈な伸びで注目を集める徳島支部の「菅章哉」選手だ。
外側のコースから豪快にまくる走りで数々の名勝負を生み出し、2025年には悲願のG1初優勝を成し遂げた。
目覚ましい成績を残している一方で、過去には長期間のフライング休みや接触事故による途中帰郷も経験している。
そこで本記事では、菅章哉選手のこれまでの活躍や走りの特徴・師匠・弟子との関係について詳しく紹介。
さらに、妻とのエピソードやSNSについても紹介していくので、ぜひ最後までチェックしてほしい。

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菅章哉のプロフィール
| 名前 | 菅章哉 |
|---|---|
| 誕生日 | 1988年7月2日 |
| 出身地・支部 | 徳島県/徳島 |
| 身長・体重 | 159cm/54kg |
| 血液型 | B型 |
| 登録期 | 105期 |
| 登録番号 | 4571 |
| 級別 | A1級 |
菅章哉選手は、徳島支部に所属する105期のボートレーサーだ。
同期には、SG優勝経験を持つ磯部誠選手や佐藤翼選手などがいる。
同期の2人を正統派と表現する一方、自身については「異端」と語っており、自分にしかできない走りを模索してきた。
現在はチルトを最大の3度まで上げた伸び重視の調整を武器に、外側のコースから豪快なまくりを仕掛ける選手として知られている。
菅章哉の活躍
菅章哉選手は2009年のデビュー以降、着実に実力を伸ばし数々の輝かしい成績を残してきた。
また、成績だけでなくトップレーサーとの直接対決で見せた印象的な走りによって大きな注目を集めるようになった。
ここからは、菅章哉選手のこれまでの活躍を代表的なレースとともに紹介していく。
2010年4月に尼崎で初勝利
菅章哉選手は2010年4月に尼崎競艇で開催された「デイリースポーツ杯争奪 第21回ささはら賞競走」で初勝利を挙げた。
引用:艇国DB
3日目1Rに6号艇で出走すると、大外6コースから差しを決めて先頭に立った。
現在は豪快なまくりのイメージが強い菅章哉選手だが、ボートレーサーとして最初の白星は差しによるものだった。
デビュー36走目で待望の水神祭を迎え、選手としての一歩を踏み出した。
2021年9月に峰竜太との直接対決を制す
菅章哉選手の代表的なレースとして外せないのが、2021年9月に鳴門競艇で開催されたG1「大渦大賞」での峰竜太選手との直接対決だ。
引用:ボートレース公式
2日目6Rに4号艇で出走した菅章哉選手は、チルトを3度まで上げ、大外6コースから豪快なまくりを仕掛けて先頭に立つ。
しかし、1周2マークで峰竜太選手に差し返され再び追う展開となった。
それでも、2周1マークで峰竜太選手の外側から強烈なツケマイを決めて先頭を奪い返し、そのままリードを守り1着でゴール。
レース後には「峰さんが相手で必死だったし、過去イチのレースができました」と振り返っている。
敗れた峰竜太選手からもターンを称賛され、菅章哉選手が大きな注目を集めるきっかけとなった一戦である。
2025年4月に津でG1初優勝
菅章哉選手は2025年4月、津競艇で開催されたG1「ツッキー王座決定戦」で悲願のG1初優勝を飾った。
予選では3勝を挙げ、茅原悠紀選手と得点率8.33で並んだものの、1着数の差で自身初となる予選トップ通過を果たす。
準優勝戦も1コースから逃げ切り、優勝戦の1号艇を手にした。
引用:ボートレース公式
迎えた優勝戦、インからコンマ10のスタートを決めると、1周1マークを先に回って後続艇を寄せ付けずそのまま首位を守ってゴール。
5回目のG1優出で初のタイトルを獲得した。
菅章哉選手はゴール後に感極まって涙を流しており、長年追い続けてきた目標を達成した節目のレースとなった。
菅章哉の走りの特徴
菅章哉選手といえば、チルトを最大の3度まで上げた伸び重視の調整が代名詞だ。
ただし、常に伸びだけを求めているわけではなく、枠番やモーターの状態に応じて調整を使い分けている。
ここからは、コース別成績とチルト3度を象徴するレースから、菅章哉選手の走りの特徴を詳しく紹介していく。
4コースの1着率は1コースに次ぐ高さ
菅章哉選手は、1コースに次いで4コースの1着率が高い。
| コース | 出走数 | 1着数 | 1着率 | 2連対率 | 3連対率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1コース | 615 | 362 | 58.8% | 75.7% | 84.0% |
| 2コース | 508 | 130 | 25.5% | 54.1% | 68.3% |
| 3コース | 558 | 103 | 18.4% | 43.3% | 62.3% |
| 4コース | 668 | 160 | 23.9% | 40.7% | 55.9% |
| 5コース | 564 | 102 | 18.0% | 31.3% | 47.8% |
| 6コース | 755 | 84 | 11.1% | 17.3% | 28.7% |
4コースはダッシュから十分な助走距離を確保できるため、伸び足を生かしたまくりを狙いやすい。
ただし、菅章哉選手は4コースに入れば必ずチルトを上げるわけではなく、モーターの状態を見極めながら調整を変更している。
伸びが期待できるモーターではチルトを上げ、外側のコースからまくりを狙うが、伸びが思うようにつかない場合や内枠ではチルトを下げ、出足やターン回りを重視。
モーターの特性と進入コースに合わせて調整を使い分けられる点が、4コースで高い1着率を残している理由の一つと考えられる。
菅章哉選手の舟券を購入する際は、枠番だけで判断せず、展示での進入コースやチルト角度、モーターの気配まで確認しておきたい。
チルト3度を象徴するG1ウェイキーカップ
菅章哉選手のチルト3度を象徴するレースが、2025年10月に多摩川競艇で開催されたG1「ウェイキーカップ」だ。
引用:ボートレース公式
準優勝戦では5号艇での出走から、チルトを3度まで上げ自ら6コースを選択。
大外から強烈な伸びを見せて内側の艇をまくり、優勝戦へ駒を進めた。
引用:ボートレース公式
優勝戦でも2号艇ながら大外6コースへ動き、再びチルト3度の伸び重視の調整で勝負に出た。
コンマ13のトップタイとなるスタートを決めると、スリットから一気に伸びて内側の5艇をのみ込み、豪快なまくりで2度目のG1優勝を飾った。
菅章哉選手は以前、伸び型の調整で活躍した三井所尊春さんから多摩川でチルト3度の助言を受けていた。
三井所尊春さんも2017年に同じ「ウェイキーカップ」を制しており、菅章哉選手はいつか同じスタイルで優勝したいと考えていたという。
準優勝戦と優勝戦を連続で6コースからまくったこのシリーズは、菅章哉選手が自身のスタイルを貫いてつかんだ代表的なタイトルとなった。
菅章哉の師弟関係
チルト3度を使った独自のレーススタイルを確立するまでには、菅章哉選手を支えてきた師匠の存在がある。
現在は自身も弟子を持ち、これまでに教わったレースへの向き合い方や精神面を後輩へ伝える立場となった。
ここからは、菅章哉選手の走りに影響を与えた師匠と、指導を受けている弟子について紹介していく。
師匠は66期の近藤稔也
菅章哉選手の師匠は、同じ徳島支部に所属する66期の近藤稔也選手だ。
弟子入りしたのはデビューから3年が経過する前で、当時はまだ思うような結果を残せていなかった。
そのような状況の中、近藤稔也選手は菅章哉選手を気にかけ、時には厳しく指導していたという。
弟子入りの条件として伝えられたのは「レースでも私生活でも後ろ指をさされるようなことはするな」という言葉だった。
さらに、現在の代名詞となっている伸び重視の調整や、大外から攻めるスタイルを提案したのも近藤稔也選手である。
菅章哉選手はレースの進入や調整に迷った際にも相談しており、常に自身が進むべき方向を示してくれる存在だと語っている。
2024年12月に若松で年間9回目の優勝を飾った際には、ピットで待っていた近藤稔也選手の姿を見て思わず涙を流したそう。
近藤稔也選手は、苦しい時期から菅章哉選手を支え、現在のレーススタイルを築くきっかけを与えた重要な存在といえるだろう。
弟子は123期の西岡成美
菅章哉選手の弟子は、同じ徳島支部に所属する123期の西岡成美選手だ。
西岡成美選手はデビューから約3年間、特定の師匠を持たずに活動していたが、当時から同支部ということもあり菅章哉選手のサポートを受けていたという。
その後、目標としていたA2級への昇格を逃したことをきっかけに環境を変えようと考え、自ら菅章哉選手へ弟子入りを申し出た。
菅章哉選手は自身のレーススタイルをそのまま教えるのではなく、主にレースへの向き合い方や精神面を指導している。
その教えを受けた西岡成美選手は、結果に一喜一憂しなくなり、安定したパフォーマンスを出せるようになったようだ。
弟子入り後は、努力が実を結びA2級の昇格を果たし、菅章哉選手も「鼻が高いです」とコメント。
師匠から受け継いだ考え方を後輩へ伝え、西岡成美選手の成長を支えている。
菅章哉の事故やフライング
数々の活躍を見せてきた菅章哉選手だが、これまでの選手生活ではフライングやレース中の事故にも苦しめられてきた。
長期間レースに出場できない時期や、負傷による欠場を経験しながらも、そのたびに復帰を果たしている。
ここからは、菅章哉選手に大きな影響を与えたフライングと接触事故について紹介していく。
2020年にF3で150日間のフライング休み
菅章哉選手は2020年、級別審査期間中に3本のフライングを記録した。
同じ審査期間内に3回のフライングを切る「F3」となったことで、合計150日間に及ぶ長期のフライング休みへ。
さらに、事故率の上昇や出走回数の不足によって、A1級からB2級まで降格した。
それまで第一線で活躍していた菅章哉選手にとって、約5か月間レースに出場できない状況は大きな試練となった。
復帰後の2021年2月には児島で優勝を飾り、インタビューでは長期欠場中に支えてくれた師匠の近藤稔也選手らへの感謝を語っている。
F3による長期休みとB2級への降格を乗り越え、再びA1級まで返り咲いた。
2025年7月に接触事故で負傷欠場
菅章哉選手は2025年7月、びわこ競艇場で開催されたG2「全国ボートレース甲子園」で接触事故に遭った。
事故が起きたのは、3日目1Rの1周1マーク。
ターンの際に振り込んで失速したところへ後続艇が直撃し、菅章哉選手はレース後に病院へ搬送された。
競走用ボートは本体だけでも約75kgあり、さらに約40kgのモーターとレーサーを乗せて最高時速約80kmで水面を走る。
そのようなボートが身体に直撃したことを考えると、一歩間違えればさらに大きな事故につながっていた可能性もあるだろう。
検査の結果、菅章哉選手は左肘と腰部の打撲と診断され、4日目以降のレースを欠場。
幸いにも長期離脱には至らず、その後はレースへ復帰している。
菅章哉の獲得賞金額
菅章哉選手の獲得賞金を調査したところ、2018年以降の年別データが確認できた。
| 年 | 獲得賞金額 | 賞金ランキング |
|---|---|---|
| 2026年 | 34,987,000円 | 91位 |
| 2025年 | 76,783,733円 | 25位 |
| 2024年 | 36,730,000円 | 152位 |
| 2023年 | 41,200,000円 | 88位 |
| 2022年 | 32,370,000円 | 175位 |
| 2021年 | 31,130,000円 | 174位 |
| 2020年 | 7,924,000円 | 1,326位 |
| 2019年 | 30,097,210円 | 180位 |
| 2018年 | 25,398,560円 | 235位 |
2018年以降は年間2,500万〜4,100万円前後を獲得しているが、F3による長期欠場があった2020年は792万円まで減少している。
一方、2025年には津と多摩川で2度のG1優勝を飾り、獲得賞金は自己最高となる7,678万円を記録。
前年から2倍以上に増加し、賞金順位も152位から25位まで大きく上昇していることから、2025年は菅章哉選手にとって飛躍の一年になったことがうかがえる。
自己最高額を更新できるのか、これからの菅章哉選手の活躍に注目だ。
菅章哉の夫婦生活
競艇選手として活躍を続ける菅章哉選手は、私生活では真理恵さんという方と結婚し家庭を築いている。
年齢や職業などの詳しいプロフィールは明かされておらず、公式メディアからは一般女性として紹介されている。
菅章哉選手はインタビューやSNSでも妻への愛情をたびたび語っており、妻を大切にしている様子が伝わってくる。
ここからは、そんな2人の馴れ初めや結婚後のエピソードについて紹介していく。
妻には約100回アプローチをした
菅章哉選手は、中学2年生の頃から約10年間にわたって真理恵さんに思いを伝え続け、計100回にも及ぶ告白の末に交際へと発展した。
中学2年生当時はすぐに断られてしまったが、真理恵さんへの思いを諦めることはなく、機会があるたびに告白を続けたという。
ただ、その後もなかなか振り向いてもらえず、告白した回数は本人いわく約100回。
初めての告白から10年近くが経過した4月1日「エイプリルフールだから、嘘でもいいからOKと言ってほしい」と再び思いを伝えたところ、ようやく交際が始まった。
念願の返事をもらった瞬間には真理恵さんとの結婚を予感し、その後実際に夫婦となっている。
菅章哉選手は、妻と結婚できたことについて「タイトルを獲得すること以上に幸せでうれしいこと」と語っており、長年抱き続けてきた思いの強さが伝わるエピソードだ。
結婚後は夫婦で交換日記をするほどの仲
菅章哉選手と真理恵さんは、結婚後も交換日記を通じて互いの気持ちを伝え合っている。
交換日記を始めたのは2017年頃で、現在も夫婦の大切なコミュニケーションの一つになっているという。
特に、地元鳴門で開催されるSGへの出場を目指していた時期は、結果を求めて自分を追い込む日々が続いていた。
心が折れそうになったときも、真理恵さんは悩みを聞き、交換日記を通じて菅章哉選手を支えていたそうだ。
さらに、真理恵さんは日記の最後を毎回「大好きだよ」という言葉で締めくくっている。
長年連れ添っても変わらない夫婦仲の良さが伝わるとともに、真理恵さんは菅章哉選手の活躍を精神面から支える大きな存在となっている。
菅章哉のSNS
菅章哉選手は、インスタとXのアカウントを開設している。
SNSではレースに関する報告のほか、家族と過ごす様子やほかの選手との交流など、レース場では見られない一面を公開。
ここからは、それぞれ投稿されている内容について、インスタとXに分けて詳しく紹介していく。
インスタでは家族やレース仲間との写真を公開
菅章哉選手のインスタのアカウント名は「fumiya4571」だ。
妻や子供と過ごす様子をはじめ、徳島支部の選手との交流やトレーニング風景など、投稿内容はさまざまだ。
同期の選手達や、弟子の西岡成美選手などのレース仲間と食事をした際の写真なども投稿している。
レース中の姿とは異なる、菅章哉選手の明るい人柄や家族・仲間を大切にする一面が伝わるアカウントとなっている。
Xではレース成績や選手との交流を発信
菅章哉選手のXのアカウント名は「@fumiya4571」だ。
自身のレースに関する報告や、親交のある選手との出来事などを発信している。
ほかの選手が記録を達成した際には祝福の言葉を送るなど、仲間思いな一面が伝わる投稿も見られた。
ただし、2018年以降は更新されていないため、現在の活動やプライベートについて知りたい場合はインスタを確認するのがよいだろう。
菅章哉のまとめ
今回は、菅章哉選手について紹介した。
2009年にデビューした105期のボートレーサー
2010年4月に尼崎で初勝利を達成
2021年9月には峰竜太選手との直接対決を制した
2025年には津と多摩川で2度のG1優勝
枠番やモーターに応じてチルト角度を調整
2020年にはF3により長期間のフライング休みを経験
師匠は66期の近藤稔也選手
弟子は123期の西岡成美選手
妻の真理恵さんには約100回の告白を経て交際
インスタでは家族や選手との交流を公開
菅章哉選手は、チルト3度まで跳ね上げた伸び重視の調整を武器に数々の印象的なレースを見せてきた。
2025年には悲願のG1初優勝を成し遂げるなど、長い選手生活を経て大きな飛躍を遂げている。
家族や師匠、弟子との強いつながりも菅章哉選手を語るうえで欠かせない魅力の一つだ。
今後も自分にしかできない走りを追求し、ファンを驚かせるレースを見せてくれるだろう。
























