今回紹介するのは福井支部のベテランレーサー「中島孝平」選手だ。
高い実力を誇り、グランプリを制したことがある中島孝平選手だが、近年は髪の毛が話題に挙がることが多い。
本記事では、そんな中島孝平選手の髪の変化だけでなく、経歴や獲得賞金額を解説する。
また、師匠や弟子についても調査したので、ぜひ最後まで読んでくれ。

芥川 博明(競艇歴25年)
競艇で作った3000万円の借金を競艇予想サイトの買い目だけで完済。 現在は競艇予想サイトを200社以上にわたって自費で検証し「本当に稼げるサイト」を見抜くノウハウを構築。 エースモーターズでは検証結果、口コミなどを公開中。 ...もっと見る
目次
中島孝平のプロフィールとボートレーサーを目指したきっかけ
| 名前 | 中島孝平 |
|---|---|
| 生年月日 | 1979年11月8日 |
| 身長/体重 | 160cm/54kg |
| 出身地/支部 | 福井県/福井 |
| 血液型 | AB型 |
| 登録期 | 84期 |
| 登録番号 | 4013 |
| 級別 | A1級 |
中島孝平選手は、福井県坂井市(旧三国町)出身のトップレーサーだ。
冷静沈着なレース運びと、どこのコースからも連対を狙えるオールマイティで安定した操縦技術を持ち味としている。
同期は、SGの優勝経験がある中村有裕選手や笠原亮選手など。
デビューから着実に実力を磨き、2003年には最優秀新人選手に選出されると、その後も勢いを落とすことなくトップ戦線で躍進した。
SGでは、2010年のグランプリ制覇を含めて複数回の優勝を果たすなど、数々の実績を残している。
そんな中島孝平選手がボートレーサーを目指したきっかけは、叔父だった。
小柄な体型を目にした叔父から、ボートレーサーになることを勧められたと、地元のラジオ番組に出演した際に語っている。
中島孝平のこれまでの戦績
中島孝平選手は、長年にわたり艇界の最前線で高いパフォーマンスを発揮し続けているトップレーサーだ。
「寡黙なる闘神」と評される冷静沈着なレース運びに加え、枠番を問わず連対を狙える圧倒的な安定感と操縦技術を兼ね備えているのが特徴。
デビュー直後から才能を開花させると、数々のビッグタイトルを獲得し、2025年には「ゴールデンレーサー賞」を受賞した。
一歩一歩着実に強さを証明し、艇界にその名を刻み続ける中島孝平選手の歩んできた軌跡を探っていこう。
デビューから2か月経たずして初勝利
中島孝平選手のデビュー節は、1999年5月12日から地元・三国競艇で開催された一般戦だった。
初出走で6コースから5着に入り堅実な立ち上がりを見せると、デビューから2か月も経たない同年7月4日、児島競艇で開催された一般競走にて「抜き」を決めて見事に初勝利を飾った。
デビュー年には勝率4点台という新人離れした優秀な数字を残し、早期のB1級昇格を果たすなど、当時から圧倒的なセンスを発揮していた。
グランドスラムを達成した峰竜太選手でさえ、デビュー年の勝率は3点台だったので、その凄さが伝わるだろう。
デビューから約2年で初優勝
着実に実績を重ねた中島孝平選手は、デビューから約2年が経った2001年8月、江戸川競艇で開催された一般戦で念願の初優勝を果たした。
波高5cmのレースにおいて3コースから出走し、勝利をつかみ取った。
若手時代から発揮された難水面をも苦にしない高いハンドリング技術とレース展開を見極める冷静さは、その後の活躍の基盤となったに違いない。
2010年のグランプリでSG初優勝
2002年の前期からA1級で活躍していた(2004年の前期はA2級)中島孝平選手は、2010年12月23日、住之江競艇で開催された第25回賞金王決定戦で頂点を経験した。
優勝戦に2号艇で登場すると、2コースからまくって勝利。
自信初のSGタイトルとなり、賞金王の座を手にした。
年間獲得賞金ランキング1位に輝いた中島孝平選手は、同年の最優秀選手賞・最多賞金獲得選手賞・記者大賞の3賞を受賞。
名実ともに艇界のトップレーサーとしての地位を確立した。
2025年にゴールデンレーサー賞を受賞
ゴールデンレーサー賞とは、ボートレーサーとしての著しい功績を称えるために2019年に創設された賞だ。
出典:ボートレース公式
SGやG1など最高峰の舞台で圧倒的な実績と、ボートレーサーとしての品格を示し続けた選手だけに送られる。
中島孝平選手は2025年11月、認定基準をクリアし、史上14人目のゴールデンレーサーとなった。
SG制覇から年月が経ってもなお第一線で結果を残し続け、他の模範であり続ける姿は多くの選手から尊敬を集めている。
中島孝平はコースを問わず好成績を残す実力派
中島孝平選手のレースの特徴は、どのコースから出走しても高確率で舟券に絡む安定感だ。
以下のコース別成績が示す通り、インの絶体的な強さはもちろんのこと、アウトにおいても驚異的な連対率を誇っている。
| コース | 出走数 | 1着数 | 1着率 | 2連対率 | 3連対率 | 平均ST | 平均ST順 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 コース | 1375 | 966 | 70.2 % | 83.2 % | 90.4 % | 0.15 | 3.0 |
| 2 コース | 1075 | 275 | 25.5 % | 55.5 % | 73.0 % | 0.16 | 3.2 |
| 3 コース | 1066 | 222 | 20.8 % | 47.8 % | 69.7 % | 0.16 | 3.1 |
| 4 コース | 1109 | 234 | 21.1 % | 44.7 % | 66.2 % | 0.15 | 2.9 |
| 5 コース | 1190 | 179 | 15.0 % | 36.3 % | 59.2 % | 0.15 | 3.0 |
| 6 コース | 1328 | 91 | 6.8 % | 23.8 % | 48.7 % | 0.17 | 3.4 |
特に2~4コースでは3連対率が66.2~73.0%という数字を記録しており、確実に上位へ食い込んでいることが分かる。
さらに、大外・6コースからの出走であっても48.7%、約2回に1回は連対するというデータとなっており、巧者ぶりを発揮。
どのような状況であっても信頼を寄せられるこの安定感こそが、第一線で活躍を続ける中島孝平選手の強みと言える。
中島孝平の賞金ランキングを調査!平均年収は7,000万円以上!
中島孝平選手は長年にわたり賞金ランキングの上位に名を連ねている。
グランプリ制覇を果たした2010年に年間獲得賞金1億9,000万円超を記録して賞金王となり、その後も安定して活躍を続けてきた。
近年も第一線で勝利を重ね、過去5年の平均年収は7,000万円を超える。
| 年 | 獲得賞金 | 順位 |
|---|---|---|
| 2025年 | 84,740,000円 | 18位 |
| 2024年 | 54,280,000円 | 47位 |
| 2023年 | 75,105,000円 | 21位 |
| 2022年 | 66,820,000円 | 19位 |
| 2021年 | 77,763,000円 | 15位 |
| 2020年 | 42,320,000円 | 74位 |
| 2019年 | 32,620,000円 | 141位 |
| 2018年 | 86,562,000円 | 7位 |
| 2017年 | 50,468,200円 | 27位 |
| 2016年 | 47,931,000円 | 31位 |
| 2015年 | 63,740,000円 | 14位 |
| 2014年 | 44,990,000円 | 33位 |
| 2013年 | 110,780,000円 | 4位 |
| 2012年 | 60,900,000円 | 15位 |
| 2011年 | 45,400,000円 | 31位 |
| 2010年 | 193,810,000円 | 1位 |
賞金ランキングの上位に名を連ね続けるこの安定感が、中島孝平選手がトップレーサーとして君臨している証拠と言える。
中島孝平の師匠や弟子を調査!
名実ともにトップレーサーである中島孝平選手。
どんな先輩レーサーから教えを受けてきたのだろうか。
ここでは、中島孝平選手の師弟関係についてまとめる。
師匠は72期の武田光史
中島孝平選手の強さを支えた存在として欠かせないのが、同じ福井支部に所属する72期の武田光史選手だ。
まだ持ちペラ制度が存在していたデビュー当時に、武田光史選手が中島孝平選手のプロペラを用意していたという話もある。
なお、武田光史選手はトップレーサー・毒島誠選手の妻で元選手の池田幸美さんの師匠でもあったことで知られている。
恩師からの助言が、中島孝平選手の安定した活躍の支えになっているのかもしれない。
弟子がいる情報はない
中島孝平選手には、これまでに弟子をとったという情報は確認されていない。
トップレーサーゆえ、中島孝平選手に教えを請う選手は少なくないだろう。
ただ、中島孝平選手は自らの走りに向き合い、最高峰の舞台で結果を出し続けることに集中している。
中島孝平の髪は病気が原因?理由を考察!
これまで解説した通り、中島孝平選手は艇界で数々の好成績を残したレーサーだ。
一方、中島孝平選手は実力以外に髪の毛で話題になることがある。
ここでは、中島孝平選手の見た目が大きく変化した時系列を整理し、原因を考察する。
2021年頃から髪が薄くなる
中島孝平選手の見た目について、過去の写真や映像を振り返ってみる。
上の写真は、2021年3月に浜名湖競艇で開催されたG1を制したときの写真だ。
この時点で、少し髪の毛の量が変化し始めていることがうかがえる。
次にお見せするのが、2023年3月に地元・三国競艇でのG1を優勝したときの様子だ。
髪の毛が抜けてしまっているほか、眉毛がないように見える。
健康状態が心配になるほどの変化だが、現在は概ね回復しているようだ。
見た目は大きく変化したが、2020年から勝率は6点台後半〜7点台を維持している。
そのため、生命に影響するほどの病気ではなさそうだ。
円形脱毛症が原因か
中島孝平選手の見た目の大きな変化は、円形脱毛症によるものだと推測されている。
頭髪だけでなく眉毛などの体毛にも症状が現れるという点が共通しているからだ。
一般的に円形脱毛症は免疫異常や強いストレスが主な原因だが、中島孝平選手の口から見た目が大きく変化した背景は告げられていない。
しかし、常に結果を求められるトップレーサーならではのプレッシャーや体型管理のストレスが影響した可能性が考えられる。
実際、デビュー直後の3期と2004年前期を除いて長年A1級を維持していた中島孝平選手だが、2020年前期には一時的にA2級に階級を落としている。
成績を回復させようとして心身に強い負担を掛けてトレーニングをしてきた背景が、こうした見た目の変化に繋がった可能性がある。
中島孝平は結婚している?子どもについても調査!
中島孝平選手はプライベートについて口にすることは少ないが、結婚しており子どもがいるのは確実だろう。
というのも、2019年末に蒲郡競艇の公式YouTubeに公開された動画にて、下の子を遊ばせたというエピソードを話していた。
このことから、子どもが2人以上いると考えられる。
また、左手を見ると、薬指に指輪をつけていることも確認できるため、嫁もいるようだ。
レースから帰る中島孝平選手を待つ家族の存在が、長年にわたり艇界の最前線で活躍し続ける走りの源泉になっているのかもしれない。
中島孝平のまとめ
今回紹介した中島孝平選手についてまとめると以下の通りだ。
ボートレーサーを目指したきっかけは叔父の言葉
デビューから2か月経たずして初勝利を経験した
デビューから約2年で初優勝
2010年のグランプリ制覇がSG初優勝
2025年にゴールデンレーサー賞を受賞
どのコースからでも約50%以上の確率で舟券に絡む実力をもつ
コンスタントに賞金ランキング上位に名を連ねており平均年収は7,000万円以上
師匠は72期の武田光史選手
弟子がいるという情報はない
2020年頃から髪の毛が少なくなった(現在は回復)
症状から円形脱毛症が原因と考えられる
結婚しており子どもが2人以上いる
中島孝平選手は、長年にわたり艇界の最前線で安定した強さを発揮するレーサーだ。
「寡黙なる闘神」と評される冷静なレース運びと枠番を問わない成績で、グランプリ制覇やゴールデンレーサー賞の受賞など、数々の偉業を成し遂げてきた。
華々しい実績をもちながらも、寡黙に自分の走りと向き合い続ける誠実な姿勢が中島孝平選手の魅力だ。
一方、中島孝平選手はその見た目の変化で注目を集めることがある。
2026年現在は回復しているが、円形脱毛症によって髪の毛や体毛を失ったと考えられる。
そんな変化を経験しながらも高い勝率を維持しており、今後も卓越した技術と経験を武器に、トップ戦線で安定した成績を収めていくと期待できる。


















